“業務利用の境界線”設計:何をLLMに渡してよいか —情シスと現場が迷わないための“線引き”の作り方—

■ はじめに:AI活用の最大の悩みは「どこまで入力していいか」

生成AIが社内に広がるほど、次のような質問が急増します。

「この資料、AIに投げていいの?」
「固有名詞だけ伏せれば安全?」
「データの“境界線”って誰が決めるの?」

実際に、AI利用で起きたトラブルの多くは “線引きが曖昧なまま使われたこと” が原因です。

本記事では “どこまで入力できるか”を社内でどう決めるか という実務的なテーマに絞って整理します。


1. なぜ境界線が必要なのか

外部LLMを利用する以上、データは以下の“どこか”に渡る可能性があります:

  • 提供事業者(OpenAI, Google, Microsoftなど)
  • モデルのログ・監査情報
  • 外部プラグインやAPI
  • 社内外の検索エンジン(RAG構成時)

つまり、入力データ=潜在的な漏えいリスク です。

そのため、 「絶対に入れてはいけない情報」と「工夫すれば可能な情報」を社内で分けておくこと が重要になります。

この境界線が曖昧な企業ほど、シャドーAI・誤入力・情報漏えいのリスクが高まります。


2. 入力NG情報と“工夫すれば使える”情報

境界線は次の3層で整理すると、現場にとって最も理解しやすくなります。


◆ レベル1:絶対に入力してはいけない(禁止ゾーン)

外部AIに渡ると重大インシデントになる情報。

典型例:

  • 個人情報(氏名・住所・メール・社員番号など)
  • 契約書全文、法務レビュー中の文書
  • 財務データ(未公開の売上・損益)
  • 研究開発の未公開情報
  • 顧客企業名+具体的案件内容
  • 社員や取引先に関するセンシティブ情報

ポイント:
情報漏えい時に説明責任が発生するものは基本NG。


◆ レベル2:匿名化・抽象化すれば利用可能(グレーゾーン)

構造は残すが、特定できる情報を削ると使えるケース。

例:

  • 「A社」→「大手小売企業」
  • 「売上 1,238億円」→「約1,200億円」
  • 「具体的な人名」→「担当者」
  • 「プロジェクト名称」→「社内プロジェクト」

LLMの本質は 構造  文章化 を支援することであり、固有名詞を必要としない作業は意外と多い。


◆ レベル3:そもそも持ち出す必要がない(代替可能ゾーン)

資料全文ではなく、要約・ポイントの切り出しで十分なケース

例:

  • 契約書 → 「相談したい論点だけ抽出」
  • 仕様書 → 「要件リストだけ抽出」
  • コードレビュー → 「問題箇所の抜粋だけ渡す」

“何でも丸ごと貼る文化” を止めるだけで、リスクは大きく減らせます。


3. 安全に使うための工夫と仕組み

境界線を決めるだけでなく、現場が迷わず守れる仕組みを作ることが重要です。


(1) 入力前に「匿名化」と「要約」を挟む

これは最もシンプルで効果的。

  • 具体名を抽象化
  • 日付・金額を概算に
  • 文書全文ではなく論点だけ

“渡す情報は最小限” が基本方針。


(2) 社内ルールを A4 一枚にまとめて配布

現場は分厚いガイドラインを読みません。

A4一枚で十分:

  • 使ってよいAIサービス(ホワイトリスト)
  • 入力禁止情報一覧
  • 相談窓口(情シス・法務)

この形式は多くの企業で効果があり、混乱を劇的に減らします。


(3) 入力フィルターや DLP を併用

最近は、AI入力専用の“PII(個人情報)検出ツール”も増えています。

  • 電話番号・メール・住所を自動検出してマスク
  • 禁止ワードが入っているとアラート
  • 社外転送が必要な情報をブロック

技術的な“第二の守り”として有効。


4. まとめ:境界線は「停止線」ではなく「安心して使うためのガイド」

境界線というと“AI利用の制限”と捉えられがちですが、実際には逆で、社員が安心してAIを使うための仕組みです。

  • 禁止情報は明確に
  • 匿名化すれば使える領域を可視化
  • 技術的・運用的な保護策も併用

この3点を整えることで、 企業全体のAI活用レベルが一段上がり、事故も減る。境界線はそのための“最初の設計図”になります。


本記事は、ナレッジコミュニケーションによる生成AIセキュリティ支援の実務知見をもとに執筆しています。
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